ダルマを回復するためのマハー・ヴィシュヌ神の十の神聖な化身。
シュリーマド・バガヴァッド・ギーターの中で、主シュリー・クリシュナはアルジュナにこう告げられます。
“yadā yadā hi dharmasya glānir bhavati bhārata
abhyutthānam adharmasya tadātmānaṁ sṛjāmy aham
paritrāṇāya sādhūnāṁ vināśāya ca duṣkṛtām
dharma-sansthāpanārthāya sambhavāmi yuge yuge”
出典: 『シュリーマド・バガヴァッド・ギーター』第4章 第7・8節(ヴィヤーサデーヴァ)
大意: 上の詩節において、主シュリー・クリシュナはアルジュナを「バラタの子孫」と呼びかけながら、こう仰せになります。「バラタの子孫よ、いつであれ、どこであれ、宗教的実践が衰え、不信仰が優勢となるとき、その時わたし自らが降臨する。敬虔なる者を守り、悪しき者を滅ぼし、宗教の原理を再び打ち立てるために、わたしはユガ(時代)ごとにこの世に顕現するのだ。」
ゴースワーミー・トゥルシーダースは、その聖典『ラームチャリット・マーナス』の中でこう述べています。
“jaba -jaba hōī dharama kī hānī,
bāḍhahi asura adhama abhimānī,
taba-taba dhari prabhu vividha śarīrā,
harahi dayānidhi sajjana pīrā”
出典: 『ラームチャリット・マーナス』(ゴースワーミー・トゥルシーダース)
大意: 上の行でゴースワーミー・トゥルシーダースは、人類がダルマの道から外れるとき、悪魔的で不信仰な力が高まると述べています。そのようなとき、マハー・ヴィシュヌ神はいずれかのアヴァターの姿でこの世に現れ、正義を回復し、悪魔を滅ぼし、聖者・修行者・人間・神々をお守りになるのです。
このように、マハー・ヴィシュヌ神は宇宙の均衡と調和を取り戻し、善を悪から守るために、さまざまなユガにおいてさまざまなアヴァターをお取りになってきました。ダシャーヴァターラ(ダサヴァタール、ダシャヴァタラとも綴られます)とは、マハー・ヴィシュヌ神の十の主要な化身を指します。サンスクリット語の「アヴァター」は「化身」「顕現」を意味します。十のアヴァターのうち、最初の五つはサティヤ・ユガに現れました。「マツヤ・アヴァター」「カッチャパ/クールマ・アヴァター」「ヴァラーハ・アヴァター」「ナラシンハ・アヴァター」「ヴァーマナ・アヴァター」です。同様に、ナーラーヤナ神はトレーター・ユガに「ラーマ・アヴァター」と「パラシュラーマ/ブリグパティ・アヴァター」の二つの化身として降臨されました。さらにナーラーヤナ神は、ドヴァーパラ・ユガにも「クリシュナ・アヴァター」と「ハラダラ/バララーマ・アヴァター」の二つの化身をお取りになりました。
このカリ・ユガには、ナーラーヤナ神は三つのアヴァターをお取りになると言われていますが、そのうちダシャーヴァターラに数えられるのは二つだけです。偉大な帰依者であり高名な詩人であるジャヤデーヴァが著した名高い抒情詩『ギータ・ゴーヴィンダ』、そしてシュリーマド・バーガヴァタ・プラーナをはじめとする聖典は、マハー・ヴィシュヌ神のこの「十のアヴァター」すなわち「ダシャーヴァターラ」を生き生きと描いています。以下に、ダシャーヴァターラを簡潔にご紹介します。
聖典シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナの中で、大聖ヴェードヴィヤースは、以下に引用するとおりマツヤ・アヴァターについて詳しく記しています。
“asīd atīta-kalpānte brāhmo naimittiko layaḥ
samudropaplutās tatra lokā bhūr-ādayo nṛpa
kālenāgata-nidrasya dhātuḥ śiśayiṣor balī
mukhato niḥsṛtān vedān hayagrīvo ’ntike ’harat
jñātvā tad dānavendrasya hayagrīvasya ceṣṭitam
dadhāra śapharī-rūpaṁ bhagavān harir īśvaraḥ”
“atīta-pralayāpāya utthitāya sa vedhase
hatvāsuraṁ hayagrīvaṁ vedān pratyāharad dhariḥ”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第1篇 第3章 第7・8・9・57節
『ギータ・ゴーヴィンダ』の中で、シュリー・ジャヤデーヴァ・マハーラージャはマツヤ・アヴァターについて次のように述べています。
“pralaya-payodhi-jale dhritavan asi vedam
vihita-vahitra-caritram akhedam
kesava dhrita-mina-sarira jaya jagadisa hare”
上の二つの詩節はいずれも、マハー・ヴィシュヌ神の最初の化身であるマツヤ・アヴァターを讃えています。マツヤ・アヴァターは、知識と自然を守り、人類を滅びから救うことと結びつけられています。
大意: サティヤ・ユガにおいて、世界が大洪水(ジャラ・プララヤ)に直面したとき、マハー・ヴィシュヌ神は世界を救うために巨大な魚(マツヤ)の姿を取り、マヌ(のちに人類の始祖となった人物)、サプタ・リシ(七人の大聖仙)、そしてあらゆる種類の動物・穀物・植物を乗せた巨大な舟(箱舟)を安全へと導かれました。洪水が起こっている間に、ハヤグリーヴァという悪魔が、宇宙の創造主であるブラフマー神からヴェーダ(聖なるヒンドゥーの聖典)を盗み、海の深みに隠していました。ヴェーダを取り戻すため、マハー・ヴィシュヌ神は魚(マツヤ)の姿となって海に入られました。マツヤの姿の神はヴェーダを見つけ出し、悪魔ハヤグリーヴァを打ち破って滅ぼし、ヴェーダを取り戻してブラフマー神にお返しになると、再び神々しい御姿にお戻りになりました。
このようにして、マツヤ・アヴァターのマハー・ヴィシュヌ神は、マヌの箱舟によって人類を壊滅的な滅びから救い、知識の源であるヴェーダを悪魔の勢力からお守りになったのです。
こうしてマツヤ・アヴァターは、正しき者を守り、宇宙の均衡を脅かす悪の勢力を滅ぼす、マハー・ヴィシュヌ神の力を象徴しています。
シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナの中で、大聖ヴェードヴィヤースはマハー・ヴィシュヌ神のクールマ(亀)の化身について次のように記しています。
“pṛṣṭhe bhrāmyad amanda-mandara-giri-grāvāgra-kaṇḍūyanān
nidrāloḥ kamaṭhākṛter bhagavataḥ śvāsānilāḥ pāntu vaḥ
yat-sanskāra-kalānuvartana-vaśād velā-nibhenāmbhasāṁ
yātāyātam atandritaṁ jala-nidher nādyāpi viśrāmyati”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第12篇 第13章 第2節
大意: 上の詩節は、マハー・ヴィシュヌ神の第二の化身であるクールマ(カッチャパとも呼ばれます)・アヴァターを讃えています。サティヤ・ユガの間、デーヴァ(神々)とアスラ(悪魔たち)は幾度となく争いを繰り返していました。アスラに権威を奪われつつあったデーヴァたちは、マハー・ヴィシュヌ神に助けを求めました。マハー・ヴィシュヌ神は、デーヴァたちには不死となるためのものが必要だと見抜かれ、不死の甘露(アムリタ)を得るために、サムドラ・マンタン、すなわち宇宙の乳の海(クシーラ・サーガラ)の攪拌を行うよう助言されました。攪拌のために、デーヴァとアスラは力を合わせ、「マンダラ」(マンドラーチャル)山を攪拌棒とし、蛇の「ヴァースキ」を綱として用いなければなりませんでした。マハー・ヴィシュヌ神は巨大な亀の姿、すなわちクールマ・アヴァターとなり、攪拌の間、山をその背でお支えになりました。その結果、不死の霊薬アムリタをはじめとするさまざまな宝が現れ、やがて神々がそれを飲んだのです。
詩人ジャヤデーヴァもまた、詩『ギータ・ゴーヴィンダ』の中でクールマ・アヴァターを次のように讃えています。
“kshitir iha vipulatare tishthati tava prishthe
dharani-dharana-kina-cakra-garishthe
kesava dhrita-kurma-sarira jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: 上の詩節は、雄大な大地がマハー・ヴィシュヌ神の背の上に安らうさま、そして神が大地を支える者たちの中で最も偉大な御方(ダラニーダーラナキナ)であることを描いています。また神は亀の姿(カッチャパ・ルーパ)としても描かれています。これは、海の攪拌を支えるために亀の姿をお取りになったクールマ・アヴァターを指しています。
このようにクールマ・アヴァターは、安定・忍耐・決意の象徴とされ、世界における善と悪の均衡を保つために必要な化身でした。
尊き聖仙ヴェードヴィヤースは、マハー・ヴィシュヌ神の第三の化身ヴァラーハ・アヴァターについて、シュリーマド・バーガヴァタの中で次のように記しています。
“tamāla-nīlaṁ sita-danta-koṭyā
kṣmām utkṣipantaṁ gaja-līlayāṅga
prajñāya baddhāñjalayo ’nuvākair
viriñci-mukhyā upatasthur īśam”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第3篇 第13章 第33節
詩人ジャヤデーヴァは、次の行を通してこのアヴァターを照らし出しています。
“vasati dasana-sikhare dharani tava lagna
sasini kalanka-kaleva nimagna
kesava dhrita-sukara-rupa jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: 上の詩節によれば、マハー・ヴィシュヌ神は、悪魔ヒラニヤークシャによって海中に沈められた大地を救い出すために、ヴァラーハ・アヴァターとして現れました。このアヴァターにおいて、マハー・ヴィシュヌ神は人間の体を持つ巨大な猪として描かれます。神は海に飛び込み、邪悪なヒラニヤークシャを討ち、その牙で大地を海から持ち上げて、宇宙の均衡と秩序を取り戻されたのです。
尊き聖仙ヴェードヴィヤースは、マハー・ヴィシュヌ神の第四の化身ナラシンハ・アヴァターを、シュリーマド・バーガヴァタの中で次のように讃えています。
“divi-spṛśat kāyam adīrgha-pīvara- grīvoru-vakṣaḥ-sthalam alpa-madhyamam
candrāṁśu-gauraiś churitaṁ tanūruhair viṣvag bhujānīka-śataṁ nakhāyudham
durāsadaṁ sarva-nijetarāyudha-praveka-vidrāvita-daitya-dānavam”
“viṣvak sphurantaṁ grahaṇāturaṁ harir vyālo yathākhuṁ kuliśākṣata-tvacam
dvāry ūrum āpatya dadāra līlayā nakhair yathāhiṁ garuḍo mahā-viṣam”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第7篇 第8章 第21・29節
詩人ジャヤデーヴァは『ギータ・ゴーヴィンダ』の中でナラシンハ・アヴァターについてこう記しています。
“tava kara-kamala-vare nakham adbhuta-sringam
dalita-hiranyakasipu-tanu-bhringam
kesava dhrita-narahari-rupa jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: 上の二つの詩節はいずれも、マハー・ヴィシュヌ神の第四の化身ナラシンハ・アヴァター(半人半獅子)を讃えています。主は、帰依者プラフラーダを、その悪魔的な父ヒラニヤカシプから守るためにこの姿をお取りになりました。ヒラニヤカシプはブラフマー神から、人間にもいかなる生き物にも殺されず、空中でも地上でも、住まいの内でも外でも、昼でも夜でも、生あるものであれ生なきものであれ、いかなる武器によっても殺されないという恩恵を得ていました。自らを不死と思い込んだ暴虐なヒラニヤカシプは、マハー・ヴィシュヌ神の熱烈な帰依者である息子プラフラーダを殺すことができず、宇宙のどこにでもマハー・ヴィシュヌ神がいるというなら示してみよと迫りました。プラフラーダは、主は遍在しておられ、石の柱の中にさえおられると答えました。ヒラニヤカシプが棍棒で柱を打ち砕くと、砕けた柱の中からマハー・ヴィシュヌ神がナラシンハ・アヴァターの姿で現れました。神は昼でも夜でもない黄昏時に、内でも外でもない宮殿の敷居の上でヒラニヤカシプを捕らえ、空中でも地上でもない御自身の膝の上に乗せ、武器を一切使わず、その爪で胸を引き裂いて彼を討たれました。こうしてプラフラーダは救われ、宇宙の均衡は再び取り戻されたのです。
大聖ヴェードヴィヤースは、マハー・ヴィシュヌ神の第五の化身ヴァーマナ・アヴァターについて、シュリーマド・バーガヴァタの中で次のように記しています。
“yat tad vapur bhāti vibhūṣaṇāyudhair
avyakta-cid-vyaktam adhārayad dhariḥ
babhūva tenaiva sa vāmano vaṭuḥ
sampaśyator divya-gatir yathā naṭaḥ”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第8篇 第18章 第12節
“dhātuḥ kamaṇḍalu-jalaṁ tad urukramasya
pādāvanejana-pavitratayā narendra
svardhuny abhūn nabhasi sā patatī nimārṣṭi
loka-trayaṁ bhagavato viśadeva kīrtiḥ”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第8篇 第21章 第4節
詩人ジャヤデーヴァもまた、『ギータ・ゴーヴィンダ』の中でヴァーマナ・アヴァターについてこう記しています。
“chalayasi vikramane balim adbhuta-vamana
pada-nakha-nira-janita-jana-pavana
kesava dhrita-vamana-rupa jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: 上の詩節は、マハー・ヴィシュヌ神の第五の化身にして最初の人間の姿の化身であるヴァーマナ・アヴァターを讃えています。あるとき、ヒラニヤカシプの曾孫である悪魔の王バリは、厳しい苦行の力によって、神々の王インドラの領域を含む三界すべてを手中に収めていました。バリ王に脅かされ動揺したインドラ神は、失われた王国と地位を取り戻すため、マハー・ヴィシュヌ神に助けを求めました。
マハー・ヴィシュヌ神は、インドラ神が天界の王国を取り戻すのを助けることに同意されました。このアヴァターにおいて、マハー・ヴィシュヌ神は、木の杖と「カマンダル」(水瓶)と傘を携えた、ヴァーマナと呼ばれる小柄なバラモンの少年として現れました。ヴァーマナはバリ王のもとへ赴き、バラモンの伝統に従って、施しとしてわずか三歩分の土地だけを願い出ました。寛大な王はこれを承諾しました。ところがヴァーマナはその真の姿を現し、みるみる巨大になって、二歩で大地と天を覆ってしまわれました。自らの言葉を守るため、バリ王はヴァーマナ神の三歩目のために自分の頭を差し出し、ヴァーマナはその上に御足を置いて、王を地下界パーターラへと沈められました。
バリの献身に喜ばれたヴァーマナは、彼に地下界を治める恩恵をお与えになりました。ヴァーマナ・アヴァターは、悪に対する徳の勝利と、謙虚さと献身の大切さを象徴しています。
大聖ヴェードヴィヤースは、マハー・ヴィシュヌ神の第六の化身パラシュラーマ・アヴァターについて、シュリーマド・バーガヴァタの中で次のように記しています。
“yam āhur vāsudevāṁśaṁ haihayānāṁ kulāntakam
triḥ-sapta-kṛtvo ya imāṁ cakre niḥkṣatriyāṁ mahīm”
“tam āpatantaṁ bhṛgu-varyam ojasā
dhanur-dharaṁ bāṇa-paraśvadhāyudham
aiṇeya-carmāmbaram arka-dhāmabhir
yutaṁ jaṭābhir dadṛśe purīṁ viśan”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第9篇 第15章 第14・29節
詩人ジャヤデーヴァもまた、『ギータ・ゴーヴィンダ』の中でパラシュラーマ・アヴァターを讃えています。
“kshatriya-rudhira-maye jagad-apagata-papam
snapayasi payasi samita-bhava-tapam
kesava dhrita-bhrigupati-rupa jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: 上の二つの詩節は、マハー・ヴィシュヌ神の第六の化身を描いています。主はトレーター・ユガに、ブリグパティ・アヴァターとも呼ばれるパラシュラーマ・アヴァターをお取りになりました。パラシュラーマ・アヴァターにおいて、主は手に斧を持つ姿で描かれます。主は、母なる大地をクシャトリヤ階級の圧政と残虐から解き放つため、彼らを一掃したと伝えられています。怒れるパラシュラーマは父の死に報いるため、実に二十一度にわたってクシャトリヤの一族を地上から絶やしたと記されています。
全体としてこの詩節は、腐敗した支配者を取り除き、ダルマを広めることによって大地に平和をもたらした、戦士にして悪の破壊者たるパラシュラーマ神の役割の重要性を浮き彫りにしています。
大聖ヴァールミーキは、ラーマ神について次のように記しています。
“tataḥ prajagmuḥ praśamaṁ marudgaṇā,
diśaḥ prasēhurvimala nabhōndhdhabhavat
mahī cakaṁmpē na ca mārutō babai,
sthira prabhaścāpyabhavat divākaraḥ”
出典: 『ラーマーヤナ』ラーマとラーヴァナの戦いの章、ユッダ・カーンダ 第111節
同様に、『アディヤートマ・ラーマーヤナ』にラーマ・アヴァターについて記された行を、以下に引用します。
“ēvaṁ stutastu dēbēśō viṣṇustidaśapuṁgabaḥ
pitāmaha purōgāṁstān saravalōkanamaskr̥taḥ”
“Abrabīta trīdaśāna sarvāna samētān dharmasaṁhitān
saputrapautraṁ sāmātyaṁ samantijñātibāṁdhavam
hatvā kuraṁdūrādharṣaṁ dēvarṣīṇāṁ bhayābaham
daśavarṣa śahasrāṇi daśavarṣaśatāni ca
vatsyāmi mānuṣē lōkē pālayan pr̥thivīmimām
rāvaṇēna hr̥taṁ sthānamaskākaṁ tējasā saha,
tvayādya nihatō duṣṭaḥ punaḥprāptaṁ padaṁ svakam”
詩人ジャヤデーヴァは『ギータ・ゴーヴィンダ』の中でラーマ・アヴァターをこう讃えています。
“vitarasi dikshu rane dik-pati-kamaniyam
dasa-mukha-mauli-balim ramaniyam
kesava dhrita-rama-sarira jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: 上の詩節は、ラーマ神をマハー・ヴィシュヌ神の第七の化身として描いています。この化身において、ラーマ神は弓矢を持つ姿で描かれます。神は悪魔の王ラーヴァナを討ち、妃シーターをラーヴァナの捕囚から解放されました。トレーター・ユガに正義を確立することが、ラーマ神の化身の主要な使命でした。
この使命において、ラーマ神はラクシュマナ(異母弟の一人)とハヌマーン(猿の肉体をまとったシヴァ神の化身)の助けを受けられました。この物語は叙事詩『ラーマーヤナ』に記されています。ラーマ神の生涯は、道徳的な卓越と、結婚生活における揺るぎない誠実さの優れた模範です。神は民を治める最良の王であり、強大な戦士であり、勇敢な御方でした。その御名だけで、悪魔や悪人たちは恐れをなして逃げ去ったのです。その振る舞いはあまりに理想的であったため、その王国は地上における理想の王国とみなされました。それゆえ今日でも、理想の王国のことを「ラーマ・ラージヤ」と呼ぶのです。
シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナの中で、聖仙ヴェードヴィヤースはバララーマの化身について次のように記しています。
“sa ājuhāva yamunāṁ jala-krīḍārtham īśvaraḥ
nijaṁ vākyam anādṛtya matta ity āpagāṁ balaḥ
anāgatāṁ halāgreṇa kupito vicakarṣa ha
pāpe tvaṁ mām avajñāya yan nāyāsi mayāhutā
neṣye tvāṁ lāṅgalāgreṇa śatadhā kāma-cāriṇīm
evaṁ nirbhartsitā bhītā yamunā yadu-nandanam
uvāca cakitā vācaṁ patitā pādayor nṛpa”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第10篇 第65章 第25・26・27節
さらに詩人ジャヤデーヴァもまた、『ギータ・ゴーヴィンダ』の中でバララーマ・アヴァターを讃えています。
“vahasi vapushi visade vasanam jaladabham
hala-hati-bhiti-milita-yamunabham
kesava dhrita-haladhara-rupa jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: 上の行の意味は次のとおりです。ドヴァーパラ・ユガの時代、バララーマ神がヤムナー川のほとり近くの村「ゴーパプラ」で友人たちと遊んでおられたとき(ゴーパプラにちなみ、女性の友は「ゴーピー」、男性の友は「ゴーパ」と呼ばれます)、皆で川へ沐浴に出かけました。ところがヤムナー川は、その傲慢さゆえに彼らの沐浴を許しませんでした。そのとき、怒られたバララーマ神は、神聖な鋤の力でヤムナー川の流れを変え、その高慢を打ち砕かれたのです。
シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナの中で、聖仙ヴェードヴィヤースはブッダの化身について次のように記しています。
“tataḥ kalau sampravṛtte sammohāya sura-dviṣām
buddho nāmnāñjana-sutaḥ kīkaṭeṣu bhaviṣyati”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第1篇 第3章 第24節
詩人ジャヤデーヴァは『ギータ・ゴーヴィンダ』の中でブッダ・アヴァターをこう讃えています。
“nindasi yajna-vidher ahaha sruti-jatam
sadaya-hridaya darsita-pasu-ghatam
kesava dhrita-buddha-sarira jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: これらの行は、ブッダ神がマハー・ヴィシュヌ神の第九の化身と考えられていることを説いています。カリ・ユガの無神論者たちを目覚めさせるため、ブッダ神は現在のオディシャ州にある「キーカタ」の地に、アンジャンの息子として生まれたと信じられています(ネパールのルンビニ生まれとする説もありますが、決定的な証拠はなく、生誕地については議論が続いています)。現代の通念では、ガウタマ・ブッダはこのブッダ・アヴァターと同一とされています。カリ・ユガの終わりの数年前に、神はこの化身として現れ、宗教儀式(ヤジュニャなど)における動物供犠の慣習を取り除くことによってダルマを回復されました。
シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナの中で、聖仙ヴェードヴィヤースはカルキ・アヴァターについて次のように記しています。
“athāsau yuga-sandhyāyāṁ
dasyu-prāyeṣu rājasu
janitā viṣṇu-yaśaso
nāmnā kalkir jagat-patiḥ”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第1篇 第3章 第25節
詩人ジャヤデーヴァは『ギータ・ゴーヴィンダ』の中でカルキ・アヴァターをこう讃えています。
“mleccha-nivaha-nidhane kalayasi karavalam
dhumaketum iva kim api karalam
kesava dhrita-kalki-sarira jaya jagadisa hare”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: マハー・ヴィシュヌ神の十のアヴァターのうち、カルキ・アヴァターの出現だけは、この現代世界ではまだ認められていません(主はすでに降誕しておられますが、その正体は少数の熱心な帰依者にのみ明かされています)。このカリ・ユガにおいて、カルキ神は彗星にも似た猛々しい姿で顕現されます。手に大きな剣を持ち、白と黒の馬にまたがって、邪悪な者、罪人、圧制者、悪を行う者、不信の者たちを滅ぼされます。こうして神は、来たるサティヤ・ユガ(ユガの循環「ユガ・チャクラ」における次の時代)のために、地上に正義を確立されるのです。
以上の十の化身(「ダシャーヴァターラ」)についての記述は広く知られています。それを読むことで何が得られるのかについて、シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナは次のように述べています。
"śṛṇvatāṁ sva-kathāḥ kṛṣṇaḥ puṇya-śravaṇa-kīrtanaḥ
hṛdy antaḥ stho hy abhadrāṇi vidhunoti suhṛt satām
naṣṭa-prāyeṣv abhadreṣu nityaṁ bhāgavata-sevayā
bhagavaty uttama-śloke bhaktir bhavati naiṣṭhikī”
出典: シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ 第1篇 第2章 第17・18節
詩人ジャヤデーヴァもまた、「ダシャーヴァターラ」を読み、聴くことで得られる恵みを、詩の調べにのせてこう説いています。
"sri-jayedeva-kaver idam uditam udaram
srinu sukha-dam subha-dam bhava-saram
kesava dhrita-dasa-vidha-rupa jaya jagadisa hare"
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: すなわち、マハー・ヴィシュヌ神の讃歌「ダシャーヴァターラ」を唱えることは吉祥であり、幸福をもたらします。これを読み、あるいは聴く者は、主の祝福を授かり、俗世の束縛から解き放たれるのです。
高名な詩人ジャヤデーヴァは、その文学作品『ギータ・ゴーヴィンダ』の中で、抒情詩「ダシャーヴァターラ」を次の名高い一節で締めくくっています。
“vedānuddharate jaganti vaha bhūgolate mudbibhrate
daityaṁ dārayate baliṁ chālayate kṣatrakṣayaṁ kurvate
paulastyaṁ jayate halaṁ kalyate kāruṇyamātanvate
mlecchān mūrcchayate daśākr̥takr̥te kr̥ṣṇāya tubhyaṁ namaḥ”
出典: 『ギータ・ゴーヴィンダ』詩人ジャイデーヴ・ゴースワーミー
大意: 上の一節は、クリシュナ神の十のアヴァターに対する崇敬と感謝を表しています。すなわち、大洪水からヴェーダを救うために魚(マツヤ)の姿を、海の攪拌の際にマンダラ山を支えるために亀(クールマ)の姿を、海の深みから大地を救い出すために猪(ヴァラーハ)の姿を、悪魔ヒラニヤカシプを打ち倒すために半獅子半人(ナラシンハ)の姿を、悪魔の王バリを欺き退けるために矮人(ヴァーマナ)の姿を、クシャトリヤの一族を滅ぼすためにパラシュラーマの姿を、悪魔の王ラーヴァナを打ち破るためにラーマ神の姿を、鋤を武器として振るうためにバララーマ神の姿を、慈悲を広めるためにブッダ神の姿を、そして邪悪な者を討つためにカルキの姿をお取りになったことへの讃嘆です。こうして詩人ジャヤデーヴァは、クリシュナ神の神聖な顕現に深い敬意を表し、礼拝を捧げているのです。
聖典バヴィシュヤ・マーリカーの著者であるマハープルシュ・アチュターナンダは、著書『アスタ・グッジャリ』の中でこう記しています。
“bhāva binodiyā ṭhākura bhakta vatsala hari,
bhakta nka pāīṁ kalevara daśa muratī dhari”
出典: 『アスタ・グッジャリ』(アチュターナンダ・ダース)
大意: 上の詩節の意味は、マハー・ヴィシュヌ神は帰依者に対して慈悲深く、情愛そのものの化身とみなされているということです。神は帰依者の心の思いをご存じです。時代を超えて、神は帰依者たちの幸福と繁栄を守るために、十のアヴァターとして降臨してこられたのです。
ジャイ・シュリー・マーダヴァ
パンディット・ジーご自身の言葉でこの教えをお聴きください。Q&Aアプリで200を超えるセッションを検索したり、聖典の全文を無料でダウンロードしたりすることもできます。